騒ぎ立てる「いじめ」問題
今、大津の「いじめ」による亡くなった生徒の問題が、もうネット上でも報道でも過熱気味だ。
これは殺人や恐喝、犯罪教唆であり、いじめた子は子供であれ刑に報いるべき、とか、実名出たって仕方ない、とか、、、
???という言葉も並ぶ。
もし、この報道が事実なら、犯罪の何者でもなく、いじめたとされる子供3名と言われてるが、それなりの対処は受けることが正当だと、私も強く思う。
私も本音は、これは刑事罰に相当すると思うくらい、ひどいと思ってる。でも、これは事件として訴えが無い限りは、個人の特定はされてはいけない。それが法治国家なのだ。そして、これをしっかり法の下にさらし、厳罰に処する、そんな姿勢が必要だと強く求める。
なぜ警察が被害届を3回も拒否したのか???
子供のいじめの実態に対し、対策が成されてないんだと思う。
組織の限界を感じる。
いじめの実態が本当なら、、、ひどい、ひどすぎると思った。
私は、そんな状態にも関わらず、親は子供の苦悩を知っても学校に行かせてたのかな?と疑問がある。橋下市長さんは、「学校を変えればいい」って言ったようだが、そんな余裕の無い家庭だってあるし、それではダメなのだよ。
教育委員こそ、私は本当に解体すべき団体だと思ってる。
余りに、ひどい。
現場と乖離してるし、余りに正論の様な顔して、「気付きませんでした」「関係性は見つからない」と言うのに疑問だ。
そこまでのいじめを受けて、心身が健康でいれるか?普通に考えてみろっ!と言いたい。
こうして、沢山の方の関心が集まることで、無視出来なくなる、ことが大切ですね。
デヴィ夫人がご自身のblogで、イニシャルでいじめたとされる子の名前や親が特定団体の委員長だとか書いてるので、個人の特定が安易となっています。
私は、それが正しいとは思わない。
他人が、社会的批判と個人攻撃を混同して、書いてはならない。
ただ、もしその事実が本当なら、親の「冗談で死なれたら、こっちが被害者よ」と言ったとするならば、、、親も社会的制裁は免れないですね。
しかし、私は、刑罰が科せられれば済むという気にはなれないのです。
一番大切なのは、この子たちが、どれだけの罪を犯し、その罪の重さを実感し、人を死に至らしめた事の重大さ、心からの贖罪する気持ちを持てる、健全な心を持てるか?自分の人生をかけて償えるか、、、そこだと思ってる。
親もその責任のもと、人生をかけるべきだろう。
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それとは対照的に、裁判で敗訴した事もニュースになっている。
2005年の埼玉・北本市での女児の件で、市と国を相手に提訴した民事裁判ですが、こちらもいじめを認定出来ず。。。というところだ。
巨大組織は、まず非を認めない。
いじめから始まるものは、これからが戦いなのではないか?
このような裁判事例を見ながら思うのは、妻と娘を殺害され長きに渡り司法と戦ったご主人がいましたね。。。
結局、裁判が終わり、誰が幸せになったのか?、、、という無念だけが残る。
でも闘ったことに意味があった。
大きく裁判の在り方を変えたと感じる。
いじめによる「事件」は、法の下で裁かれるべきです。
いじめは、犯罪です。
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