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音感トレーニング

久しぶりにシンガーらしいblogに戻ろうかしら。(笑)

最近、再び「コールユーブンゲン」をやっている。

音大生や声楽の人は、ピアノのハノンのごとく、練習する初歩的教本。ミュンヘン音楽学校の練習書として19世紀からある練習法らしいんだがね。(笑)

改めて前書きを読んで、納得するやら、まだ体に馴染まない理論もあるやらで、疑問を感じつつも、なんか楽しんでやっている。

<序章>(要約・抜粋)

●合唱は、生徒として音楽的に考えさすこと、旋律的進行、節奏(リズム)、音程、和音、等を楽器の力を借りずに表現させる練習となるべき。

●耳と耳とを発達させればそれでよい。

●リズムと音程との力を、同時に平行して発達させる。多くの人には、節奏を力強く表現することを学ぶよりも、四度と三度を区別することを学ぶ方が遥かに速やかに容易である。節奏上の心持に欠点を有しながら、よい耳を持っている人よりも、調子に欠点があっても、よい節奏上の観念を持っている方がよい。

●だから、その節奏の根本的訓練に注意を払うべき。

●「歌う練習を歌わせる」前に、「歌う練習を節奏的に読ませる」こと。

●そうすれば、歌う練習を始める前に、既に節奏的に確かであり、的確な音程をとるために全注意を集中し得るからである。

●音程練習や和音の練習は、すべて楽器の助けなしに行うべきである。

(1875年著)

・・・・・・・・・・

なんか、分かりにくいのですが(笑)、

唱(うた)は、やはり自分の発した、他者が発した音に対して、耳での認識が大切なのだ、と感じる。

だから、その音を出すという作業は、楽器では有り得ない作業で、押せば吹けばその音程が出るというものでは無い為、重要な機能なのだ。

先日TVで、以前にも書籍で読んだ事あるのですが、音楽が普及した背景にはピアノという楽器に共通言語の如く、今の音階(平均律)をいうものに統一した事にある。

日本の雅楽や三味線のように平均律にない音程がある。小唄とか長唄もそうですが、耳で歌うものは、正に音階の世界ではない。

話を戻して、、、

次に注目したのは、節奏(リズム)が確かである事が前提に、歌う時音程(ピッチ)に集中すべし。という事と解釈するならば、これは非常に同感するものであり、事実、自分が歌いながら実感する部分でもあります。

この節奏上の同調が他のメンバーと成しえないと、音楽が成立しないと言ってもいい。私もそこを重要視している。

よりシンガーに必要な資質と言えます。

改めて、読みながら、苦笑しました。勉強になるね~。

今自分が行ってるトレーニング方法や、感じてる事は、いい方向性であると思っている。

・・・・・・・

で、実際に練習をするのですが、これが結構ボロボロで、練習で既に喉がいい感じに疲労してしまって、、、あらら、危ない、危ない。

ランダムに動く音階への認識度の甘さが出ます。(言ってる事、分かるかしら?(笑))

でも、「強い喉」へのヒントがあります。

声帯は筋肉ではないので、痛めてしまうと二度と回復しません。

弁の様になっていて、その弁がふさがりが悪いとガサガサの声になります。それを補うには、声帯の周りの筋肉を使うのですが、より軟らかくその筋肉を使う事がヒントかもしれないとも思っています。

強い喉というよりも、これは音程に対するアプローチをどこまで技術的にこなせるか、という物理的な事、肉体的な事とも連動してると思っていて、、、、

コールユーブンゲンで改めて、可能性を見つめたのでした。

・・・・・・・

そんな「強い喉」のエラ・フィッツジェラルドの映像。

「It don't mean a thing」のレコーディング風景。

このまんまの音源を聴いてましたが、映像があるとは感動。

この高低音を自在に、微動だしない体のこなし方、、、

絶対、名前だけに、エラ呼吸してまんねん、きっと。(笑)

なんだ、そのオチ・・・・(沈)

どうぞ、ご覧下さい。

http://www.youtube.com/watch?v=rG71yD8UUbE

たまには、真面目に音楽を語らないと。なんつって。

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