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江戸っ子

今日、こんな話を伺った。

江戸時代に、丁稚(でっち)奉公が、店の前を掃除して来い、と言われ、

店前を掃除したら、怒られた。

なので、次の日、今度は向かいの店前まで掃除をした。

そうしたら、また叱られた。

なので次の日、通りの真ん中に線を引き、その線のちょっと向こう側まで掃除をした。

そうしたら店主に褒められた。

・・・・

これは、相手の領域までやれば相手のプライドもある。

けれど真ん中きっちりというのも、嫌味である。

だから、真ん中境界線のちょっと向こうまで掃除をすれば、

通行人も気持ちがいい。

これが「江戸しぐさ」なんです。というお話でした。

勉強になるね~~~。(笑)

ちょっと興味が沸いたので、江戸しぐさを検索してみました。

以下こんなものを見つけました。

江戸っ子は三代続いて、はじめて江戸っ子とよく言われる。そもそも、江戸の町の成立の経過からして、土着の江戸っ子などはいないのであって、江戸の人々は元はといえば各地から集まった人たちなのだ。そこで、三代かけて磨き上げなければならない江戸っ子の気質こそが、「江戸しぐさ」と呼ばれるものなのである。江戸っ子は自分の見識を尊重した。相手を思いやる事を第一義とした。自分を磨き、そして相手を尊重すること、身分や血筋、門閥に捕らわれず、自由な発想が出来る人間を「江戸っ子」として認めたのである。ここには、江戸時代という封建制のなかにあっても、それに拘束されない、自由人たる江戸っ子の生き様が見えてくる。

「三つ心、六つ躾、九つ言葉、十二文、十五理で末決まる」といって子供を教育した。三歳までに素直な心を、6歳になるとその振る舞いに節度をもたせ、9歳では人様の前でも恥ずかしくない言葉遣いを覚えさせ、12歳ではきちんとした文章が書けるようにさせ、15歳にもなると物の道理がわかるようにしなければならないというものであろう。この教えは現代にも通用する教育論である。

このように見てくると、江戸っ子が思い描いた「粋な江戸っ子」は歌舞伎の世界で立役として、存分な活躍をしていることがわかる。「暫」での鎌倉権五郎景政、「助六」の助六、「め組み」の辰五郎、などなどである。江戸でもてはやされた「勧進帳」や「仮名手本忠臣蔵」にも江戸の人々は喝采を送った。江戸の心が生きているお芝居なのであるからであろう。「江戸っ子」はじつに素敵な野郎だ。

(越川禮子;「江戸しぐさ」、講談社より)

ちょっとこの「江戸しぐさ」を読んでみようと思いました。

因みに、私の着物を買ってる着付けの先生のお店は、「助六」と言います。

着付けも江戸前ですし、、、、先生はそれを知ってこの店名にしたのかも。(笑)

「粋な男」ってのは、最高の褒め言葉なのよん。(笑)

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